我々の研究

認知症研究の現在

人口の高齢化とともに認知症が爆発的に増加しています。世界では3,500万人、本邦でも既に440万人を突破し、根本的な治療法の早急な臨床応用が期待されています。この原因の60%を占めるのはAlzheimer病(AD)と軽度認知障害(MCI)で、これにレビー小体型認知症(DLB)、血管性認知症と前頭側頭葉変性症(FTLD)が続き、超高齢者では嗜銀顆粒性認知症(AGD)も注目されています。従って、認知症の原因病態はADで最も早期に蓄積を開始するAß oligomer (Aß amyloidosis)によって誘発されるリン酸化tau oligomer蓄積(Neurofibrillary tangle蓄積: Tauopathy)、あるいはTauopathy単独による神経細胞死によるものが圧倒的に多いことが示されています。

Aß amyloidosisの研究分野では①γ-secretase complexによるAß生成機序と代謝・輸送機序と②家族性ADの遺伝子変異によるAß42の増加作用が明らかとなり、③より上流の病態として可溶性Aß oligomerによるシナプス障害が提案されています (Kawarabayashi T, Shoji M, J Neurosci 2004; Takamura A, Shoji M, Matsubara E, Mol Neurodegener 2011)。④モデル動物(Tg2576: Hsiao K, Harigaya Y, Younkin SG, Nature 1996; Kawarabayashi M, Shoji M, Younkin SG, J Neurosci 2001)を用いた病態修飾薬の開発(Wahrles D, Kawarabayashi Neurobiol Dis 2002; Asami-Odaka A, Shoji M, Neurobiol dis 2005)、⑤アミロイドPETやCSFバイオマーカー (Shoji M, Ann Neurol 1998, 2001; Shoji M, Neurobiol Aging 2002)のADNIやDIAN研究による評価も進展しています(Petersen RC, Neurology 2010; Bateman RJ, N Engl J Med 2012)。しかし、病態修飾薬として期待されていたBapineuzmabやSolanezmabなどの抗Aß抗体療法は若干の効果があるものの認知症の進行停止は困難であることが、2012年7月に相次いで公表され、病態修飾薬と期待されていたγsecretase阻害薬も癌などの副作用のため相次いで開発終始が報告されています。現在、病態修飾薬の開発はAß oligomer蓄積の超早期予防治験(Takamura A, Shoji M, Matsurara E, Mol Neurodegener 2011, Kawarabayashi T, Shoji M, unpublished data)とTauopathyの病態修飾薬の開発に焦点が移行しています。

Tauopathyの研究分野では①FTLDにおけるtau遺伝子変異の発見、②モデル動物で確実な神経細胞死の再現 (SantaCruz, Science 2005; Murakami T, Kawarabayashi T, Shoji M, Am J Pathol 2006) 、③tau oligomerの伝播 (Clavaguera F, Nat Cell Biol 2009)が次々に明らかにされ、神経原線維変化(NFT)に伴う神経細胞死が認知症の直接的原因と考えられつつあります(Aß-FTDP-17 pathway: Hardy J, J Neurochem 2009; Hyman B, Arch Neurol 2011)。Genome wide studyから新たなAD関連遺伝子群の存在 (Kuwano R, Hun Mol Genet 2006; Naj AC, Nat Genet 2011; Hollingworth P, Nat Genet 2011; Kuwano R, Pros One 2013)や、NFT形成と神経細胞死における多くの遺伝子発現の関与が明らにされました(Wakasaya Y, Shoji M, J Neursci Res 2011) 。

従って、Aß oligomerの形成開始から、tauopathyを誘発し、最終的に神経細胞死をおこす全ての病態カスケードとこれに関連する全ての分子群変動の解明と、最も適切なモデル動物を用いたAß oligomerとtau oligomerを分子標的とした病態修飾薬の開発が現在認知症研究の最も重要な研究課題と考えられます。

私たちの成果

私たちはADにおける最も初期の病理変化であるDiffuse plaqueを群馬大学保健学科の山口保晴教授らと共に1988年に発見し、認知症の病態解明と診断治療法解明を開始して以後、一貫してこの分野の研究を進めてきました。最初の大きな発見は1992年にそれまで異常蓄積物質とされていたAßが前駆体APPから正常代謝過程で切り出されて脳脊髄液に分泌されていることを発見ました(可溶性Aß ; Shoji M, Science 1992)。その後、Mayo clinic1 Jacksonville のYounkin教授らとともにAß42やバイオマーカー(CSF Aß40/42, tau)の重要性を明らかにしてきました(Ann Neurol 1998)。また、瓦林講師は脳アミロイド蓄積モデルTg2576マウスを開発し、脳Aß蓄積とそれに伴う脳脊髄液、血漿中のAßの変化、学習障害の出現を明らかにしました(J Neurosci 2001, J Neurosci 2002)。さらにplasminがAßの分解酵素であること(J Neurosci 2000)、Aß抗体治療が学習障害を改善すること(Neurosci 2002)を示し、Presenilin knock out mouseの開発に関わりました(Neuron 2001)。membrane microdomainであるlipid raftsをAßの産生部位として世界で初めて同定し(Neurobiol Dis 2002)、さらにlipid raftへのAß dimerの蓄積が記憶障害を引き起こす早期変化であることを示しました(J Neurosci 2004)。トロント大学のSt.Geroge-Hyslop教授とともにNFTと神経細胞死を再現するtauopathy モデルマウスの開発を行いました(TgTauP301L: Am J Pathol 2006)。また、Aß42 oligomer特異抗体を松原准教授が開発し、ELISAの開発 (J Neurosci Res 2011)やAß42やAß oligomerに対する特異抗体を用いた受動免疫療法を開発しました(Neurobiol Dis 2005, Mol Neurodegener 2011)。また、大豆に発現させたAßによる経口免疫療法を開発しつつあります。

Tauopathyの治療開発にも早くから注目し、①Aß amyloidosisとtauopathyを同時に再現するTg2576xTgTauP301Lを作成し、Aßによるtauopathy誘発機序 (J Neurosci Res 2010)と②TgTauP301LのDNA microarray解析によるNFTと神経細胞死に関連する23遺伝子を解明して、AD脳で検証しました(J Neurosci Res 2011)。これらの新規発見遺伝子の役割の多くは神経細胞やシナプス形成・再生,炎症などとの関連が想定されております。以上の成果から、認知症の根本的治療法の開発にはAß oligomer形成からTauopathyを経由して神経細胞死に至る病態カスケードの解明が必要で,多数の未知の関連分子の存在が想定されております。また、これらの分子同定と根本的治療対象分子として絞り込むためのヒト生体試料とバイオマーカーによる検証が極めて重要であると想定されております。

パーキンソン病で蓄積するα-synucleinを発現するマウスTgαSYNを開発し、レビー小体様の封入体と運動障害を再現することを示しました(Brain Res 2009)。福岡大学との共同研究で、TgαSYN へのchemical chaperonの投与が運動障害とリン酸化α-synucleinの蓄積を抑制する効果があることを示しました(Parkinsonism Relat Disord 2009)。

私たちの研究テーマ

以上に述べた研究成果を下に、現在、以下の研究プロジェクトを遂行しています。今後、現実的な臨床応用が可能なトランスレーショナル研究として国際的にも極めて大きな貢献が可能と考えています。

研究テーマ1:病態修飾薬の開発

抗Aß oligomer抗体と組み替え大豆Aßワクチンをもちいた病態修飾薬の開発の臨床応用。我々の開発した病態修飾薬の臨床治験に向けた取り組みを行います。

研究テーマ2:モデル動物コンソーシアムの確立

多くのAß amyloidおよびtauopathyモデルマウスのうち、世界的に使用されているモデル動物の病態変化と水迷路試験などによる行動障害の評価の国際標準化のための共同体研究を行い、病態修飾薬開発を確実に迅速に推進するシステムを確立します。

研究テーマ3:血液バイオマーカーと新たなCSFバイオマーカーの開発

我々が15年前から開発してきたCSF Aßやtau測定がADNI研究によって、AD発症の最も有用なバイオマーカーであることが再確認されたので、plasma Aß42、Aß oligomer、tau oligomerなどのより侵襲性の少ないマーカーを開発します。ヒト、モデル動物の脳、CSF、plasmaで質量分析解析、DNA microarray、mRNA解析を行い、病態カスケード関連分子のすべての変動を明らかにして、病態を反映するとバイオマーカー分子群の変動を明らかにして、蛋白レベル、ELISAレベルでの検証を行います。

研究テーマ4:Tauopathyによる伝播と神経細胞死の解明

Tauopathyモデルマウスでは変異tauの過剰発現のみでは神経細胞死と神経原線維変化は一様には出現しません。Aß蓄積によるtauopathy促進効果も強力なものではありません。また、tau oligomerの伝播やAß amyloidosisを介さないtauopathy/神経細胞死のカスケードも存在すると思われますが、未だに解明されておりません。我々はモデル動物の経時的オミックス解析を行い、それぞれのカスケードステップにおける関連分子を解明し、上記の問題点を解明いたします。また、tauopathyに対する根本的な治療法の開発を行います。

研究テーマ5:海馬神経細胞の再生機転の解明

我々が開発したtauopathyモデルマウス(TgtauP301L)では海馬の神経細胞死と神経再生に関与する分子の低下が明らかとなっています(Wakasaya Y, 2012)。これらの神経再生と関連する分子の投与やiPS細胞などによる幹細胞海馬移植によって海馬の神経細胞の再生が可能か検討を加えます。

研究テーマ6:非AD型認知症の病態解明とバイオマーカーの開発

レビー小体型認知症(DLB)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、前頭側頭型認知症(bvFTD)、進行性失語症、嗜銀顆粒病(AGD)などの非AD型認知症の病態解明とバイオマーカーの開発(α-synuclein、TDP-43など)。臨床診断•鑑別の臨床的研究を行います。

研究テーマ7:国際共同体研究

J-ADNI、J-ADNI2、J-DIAN研究への参加によるADの自然経過、バイオマーカーの検証および治療介入による病態修飾薬の検証と予防法の確立を行います。

研究テーマ8:国際共同臨床治験への参加

抗Aß抗体による国際的治療介入の参加,第1~3相試験への参加による根本的治療法の臨床応用。国立長寿医療センター治験ネットワークへ参加します。

研究テーマ9:認知機能障害の神経心理学

認知症において最も重要な症状である病態失認と遂行機能障害、無為•無関心などの症状解析、責任病巣の解明と対処の方法を開発いたします。

研究テーマ10:認知機能リハビリテーション、認知症ネットワーク

外来リハビリテーションの方法の確立とエビデンスの創出。家族会、行政とともに認知症になっても安心して暮らせる地域の支援システムの解明を行います。