認知症研究の動向と展望

認知症研究の動向と展望
Trend and outlook in clinical research for dementia

弘前大学大学院医学研究科
脳神経内科学講座 教授
東海林幹夫

はじめに

この30年間の認知症研究の進歩は、アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease: AD)では病態解明に基づく根本的な治療法の開発が模索され、軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)や非AD型認知症の病態解明にも飛躍的な進歩が見られた。 臨床研究の領域では神経心理検査、脳アミロイドPETを初めとした神経画像検査やCSFバイオマーカー研究に著しい進歩が見られた。Alzheimer’s disease neuroimaging initiative (ADNI) による世界的な共同体研究が進展しており、AD発症までの自然経過と評価法の世界的標準化進んでいる。先進各国では認知症診療ガイドライン作成され、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンなどの症候改善薬と認知機能改善のためのリハビリテーションや介護のエビデンスの検討が進み、NINCDS/ADRD診断基準が27年ぶりに改訂された。本邦でもアリセプトの使用と介護保険の開始からほぼ10年が経過し、デイケアやグループホームなどの介護施設の発展、成年後見制度、かかりつけ医研修、認知症専門医制度や地域包括支援センターなどの患者・家族を支援する法的整備が進んでいる。2011年から他の3剤も使用できるようになり、日本神経学会、日本精神神経学会、日本認知症学会など関連5学会による認知症診療ガイドラインの改訂がおこなわれた1-3)。

時代の病としての認知症

本邦では65歳以上の有病率は8~10%で、患者総数は既に440万人を超えて、2050年には325万人と推計されている。若年性認知症は3-10万人と考えられ、医療・介護費全体の約9%、約4兆円が1年間に使われている。米国では2011年現在で、認知症患者全体は71歳以上の13.9%、540万人がADで実に65歳以上の8人に1人(13%)、85 歳以上の約半数(43%)がADで、全米の死亡原因の第7位である。2050年には1,600万人に増加し、33秒に1人発症とされる。年間15兆4千億円の医療費が消費されている。MCIより広い概念であるcognitive impairment not dementia (CIND )は認知症患者のほぼ2倍存在し、5.9年間に72歳以上では340万人がADを発症し、63,700人がVaDを発症し、480万人がCINDとなっている。危険・予防因子のシステムレビューでは唯一認知機能訓練のみがエビデンスを有していた。癌、心臓病、脳血管障害などとともに認知症はcommon diseaseであり、来るべき10年に専門医療システムと診断・治療、予防法の発展が期待される領域である。

アルツハイマー病の病態解明の進歩

1999年にpresenilinがγsecretaseの本体であるとSelkoeらによって明らかにされ、同年に当時Athena社のSchenkらによってAßのワクチンや抗体による免疫療法の可能性が発表された。以後、presenilin-γsecretase複合体の解明とAß生成・代謝、制御の解明、Aß amyloidosisの根本的治療開発のための膨大な研究がなされてきた。バイオマーカーとしてのCSF Aß42低下とtau増加の大規模研究の報告は1998年で、PetersenによるMCIに関する最初の報告は1999年、KlunkによるPIBアミロイドPETの最初の報告が2004年である。アリセプトは1999年に発売され、2000年に介護保険制度が開始され、日本の認知症診療と介護体制も大きく変貌した。

関連遺伝子研究では、APP、PSEN1、PSEN2に多くの遺伝子変異が集中し、APOE遺伝子多型が最も強力な危険因子であることは変わりなく、大規模なgenome wide studyによってDMP、SORL1、CTNNA3、PCDH11X、CLU、CR1、PICALM、BIN1、CNTN5、MS4A4/MS4A6E、EPHA1、CD33やCD2APなどの関連遺伝子が続々と解明されている。Braak stage分類やNun study、久山町研究を初めとする病理学的評価や臨床経過の前向き大規模研究も盛んに行われ、自然経過の標準化がなされた。認知機能評や治験薬評価のためのMMSE、CDR、WMS-RやWAIS-III、ADAS-Cogなど現在頻用されている神経心理学的検査の標準化も進み、日本語版も整備された。3テスラMRI, 高解像度のSPECTやFDG-PETが普及し、3D-SSPなどの統計画像処理も可能となり、画像診断のエビデンスも提出された。アミロイドPET画像の発展と普及はADの診断と鑑別に質的変化を及ぼしており、AV-45などの新たなトレーサーも加わり、ここ数年の大きな進展が期待されている.MCIに関する病理学的研究、神経心理学的特徴、危険因子、画像、バイオマーカー、自然経過などの膨大な研究報告が発表されたのもこの10年間で、現在のADNI研究に繋がることとなった。

最も注目されたAßの免疫療法では多くの興味深い結果を得ることはできたが、最終的に有効な薬剤は未だに開発半ばである。Aß42ワクチンAN1792の第I相試験の5年後の長期観察結果が2008年に示され、脳アミロイド蓄積が消失したにもかかわらず認知機能障害の改善がみられないことからAß治療の効果に疑問が突きつけられた。しかし、2009年に報告された第Ⅱ相治験参加者の4.6年後の追跡調査では抗体陽性群ではDisability Assessment for Dementia scale とDependence Scaleの低下が少なく、5例の海馬では脳アミロイドと神経突起異常が改善し、リン酸化tau抗体陽性神経細胞が減少するなどtau病変にも効果があると報告された4, 5)。現在少なくとも7つの抗体が臨床試験に入っている。γ-secretase 阻害薬のsemagacestatは第Ⅱ相試験で認知機能とADLの低下、皮膚癌発生増加によって治験は中止された。semagacestatはAß減少による根本治療のうち最も進んでいただけにその中止は残念である。根本的治療薬の開発にはまだまだ時間が掛かるものと思われるが、本邦からは動物レベルの成果ではあるが、apomorphineや抗Aß oligomer抗体などによる新たに治療法の可能性が報告されている6,7)

非AD型認知症の病態解明
1. DLBと認知症を伴うPD(Parkinson disease with dementia: PD-D)

α-synucleinがPARK1の原因遺伝子として発見されると同時に、岩坪らによってレビー小体の構成成分として同定された。常染色体優性遺伝性パーキンソン病(PD)のうちPARK1と4、LRRK2遺伝子変異PARK8はDLBを発症する。Braakらによって synucleinopathyは初期に嗅覚系、下部脳幹や末梢から始まり中脳に進行し、最終的に大脳皮質に進展する病理学的な自然経過が提唱され、PD自体が中枢と末梢神経の疾患であるとの認識が普及している。覚醒レベルの変動、幻視、レム期睡眠行動異常、薬剤過敏などの臨床症状の特徴が明らかにされ、DLBやPD-Dの診断基準も提唱されたが、病理所見や臨床症状に本質的な違いはない。本邦からDLBの検査として123I-MIBG心筋シンチグラフィーと後頭葉の血流代謝低下所見の有用性が報告されており、欧米のドパミントランスポーター画像と同様に世界的に普及すべきと思われる。治療としてはドネペジル、リバスチグミンのエビデンスが示されているが、モデル動物によるPD病理を完全に再現するモデルはまだ無く、バイオマーカーの開発とsynucleinopathyの病的カスケードを修飾する治療薬の開発が望まれる。

2. 前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration: FTLD)

前頭葉と側頭葉の現局性萎縮を特徴とする変性性認知症であり、MAPT、proguranulin、本邦の長谷川らによって発見されたTDP-43、FUSなどの原因遺伝子が次々に発見され、現在最も盛んに研究されている分野である。臨床病型と原因遺伝子変異・病理所見の2つの立場から整理されつつあり、人格や感情の変化、行動異常を特徴とする臨床病型はbehavior-variant frontotemporal dementia (bvFTD)、進行性の失語を特徴とするprimary progressive aphasia (PPA)は現在、症状と障害部位によって①nonfluent /agrammatic variant PPA、②sematic variant PPA、③logopenic variant PPAに細分され、運動ニューロン病を伴う前頭側頭型認知症 (FTD with MND)とともにFTDに分類された。蓄積物質、遺伝子変異と病理所見を用いた分類としてはFTLDが提唱され、①FTLD-tau、②FTLD-TDP、③FTLD-U、④FTLD-FUS、④FTLD-niと2010年段階で提案されている。FTLDでは既にMAPTやTDP-43では動物モデルの作成に成功しているが、他の原因分子のモデル動物確立、マーカーの同定と病態修飾薬の開発への発展が望まれる。

3. 血管性認知症 (Vascular dementia: VaD)

診断にはNINDS-AIREN診断基準と分類が国際的に用いられてきた。画像によって確認される脳血管障害発作と関連した認知症の発症がポイントであるが、追加された画像診断基準とともに問題が多い。 ADに脳血管障害が加わると認知症が発症するとの疫学研究や皮質下白質の障害を重視するsubcortical vascular dementia、vascular cognitive impairment等の概念も提唱され盛んに検討されている。Cerebral amyloid angiopathy (CAA)における認知症はAD病変にVaDおよび白質障害(White matter lesions: WMLs)が加わった病像と考えられるが、Rottemdam研究、Medical Research Council Cognitive Function and Aging Study、Honolulu-Asia Aging StudyなどCAA自体による認知機能障害の検討が最近始まっている。高齢僧侶が参加したReligious Orders Studyではdementiaを伴うCAAでは認知速度低下とエピソード記憶障害が認められた。Aß amyloid angiopathyに対する血管炎としてCAA-related inflammationも報告され、ステロイドによる治療に反応することが注目された。Hereditary Cerebral Hemorrhage with Amyloidosis-Dutch type (HCHWA-D)では高度のAß CAAとdiffuse plaqueが存在するにもかかわらず老人斑と神経原線維変化の出現は希か無く、Familial British dementia (FBD) とfamilial Danish dementia (FDD) はBRI ( 2 ) gene.の変異による家族性CAAであるが、Abri、ADan アミロイドによって neurofibrillary tangles (NFT) を誘発して認知症を引き起こす。これらの家族性CAAはCAAによる認知症やNFT誘発機序を考える上で興味深く考えられている。

神経画像とバイオマーカー

AD研究ではSPECT、FDG-PETによる両側側頭・頭頂葉と後部帯状回、楔前部の血流低下や糖代謝低下もそれぞれ特徴とされ、グレードBに推奨された。VSRAD、e-ZIS、3D-SSPなどの統計処理画像も盛んに使用されている。11C-PIBによるアミロイド画像検査の研究が進んでおり、正常の20-30%、MCIの70-80%、ADの90%以上で陽性である。Preclinical ADの検出に有効と考えられる。本邦での早急な臨床導入が期待されるとともに、非AD型認知症に特異的な画像診断の開発も期待される。

バイオマーカーとしての脳脊髄液Aß42の低下、tau、リン酸化tau の上昇も診断感度80-90%、特異性80-90%と世界的な標準化研究でエビデンスが示され、ガイドラインではグレードBであった。本邦では未だに限られた施設のみの検査であり、今後、全国的な測定システムの普及が望まれている。危険因子としての血漿Aß40、Aß42の検討がRotterdam研究、Mayo Clinicの追跡研究などでADを発症するとplasma Aß42値、Aß42/40比の有意な低下がみられている。Aß oligomerのELISAによる測定も期待されている。

ADNI研究から得られたもの

2004年に開始されたADNIの結果は2009年から順次発表されている。米国のコホートでは合計819名 (55~90歳; 229正常, 398MCI, 192mild AD)で、MMSEの24-30点は正常、MCIとADは20-26点で、CDRの正常は0、MCI 0.5、AD 0.5~1で検討された。1年後のAD conversion/year は16.5% であり、正常からMCI 1.4%、MCIからAD へ16.5%の発症がみられ、8例がMCIから正常へ、2例がADからMCIへ戻っている。Aß42、総tau、ApoE ε4アリル数が最も敏感なバイオマーカーであった。総tau/Aß42比は1年以内にADを発症した37例のMCIのうち33例(89%)を発症前に診断可能であった 8)。この研究によって従来の神経心理学的検査、画像とバイオマーカーエビデンスの検討がなされ9)、これからの臨床研究や治験の評価法の標準化がなされた意義は極めて大きい。

ADの新たな診断基準

ADの臨床診断基準としてこれまで使われていたNINCDS-ADRDA基準ではprobable ADの診断感度が81%、特異性は70%であった。この27年間の研究の進歩を取り入れる必要性が強調され、本年4月に米国のNational institute on Aging (NIA)とアルツハイマー協会(AA)による新たな認知症とADの新たな診断基準が提案された。従来のADはAD Dementiaとよばれ、臨床のための主要臨床症診断基準とバイオマーカー(CSFAß42低下,tauとp-tau増加)、アミロイドPET、FDG-PET、MRIなどの画像診断、遺伝学検査を含む研究用診断基準とに大きく分けられて提案された。ここ数年のADNI研究の成果と2007年に提案されたNINCDS/ADRD改訂研究用診断基準にほぼ準拠している。MCI due to ADは症候性前認知症段階として設定され、診断基準も同時に提案され、具体的な神経心理検査やバイオマーカーの評価などが追加されている。認知機能低下は1~1.5SDの範囲とされた。Preclinical ADとしてMCI以前の段階も提案されている10-12)。Preclinical AD からMCI due to ADに至る病態の検証はADNIに引き続くADNI-IIで行われる予定であり、今後5年間にさらに大きな成果が期待されている。

根本的な治療法を目指して-Aßカスケード仮説?あるいはAß/tauカスケード仮説?-

以上、この10年間の臨床研究の動向と今後の展望についてまとめてきた。しかし、最終的な臨床研究の目標としての認知症の治療と予防はいつごろ可能であろうか?これまでAD研究は認知症の病態解明と治療法開発のアプローチを先端で提示してきた。他の非AD型認知症ではまだまだ病態解析の段階である。Aßワクチンやγセクレターゼ阻害薬など期待されていた多くの治療薬が第3相試験の大きな壁に阻まれている。特にAß免疫療法の結果はAßアミロイドを解除しても 認知症の進行が止められないことから、Aßアミロイドカスケード仮説に大きな疑問が投げかけられた。HardyやHymannらによるAßカスケード仮説の修正も発表されている13,14)。Aß amyloidosis、tauopathyと神経細胞死はAD研究の当初からの主要な解析対象であり、時代の動向によりそれぞれ研究の焦点となることを繰り返してきた。まだまだ、Aß amyloidsisからtauopathyと神経細胞死に至るカスケードで明らかにされるべき病態があるのではないかと考えられる。世界的なgenome wide studyの大規模共同研究によって次々に発見される関連遺伝子やAßやtau動物モデルの成果からはこの考えを支持しており、今後、これらの関連分子の病態カスケードの全貌の解明と治療対象分子の絞り込みが必要と考えられる。

文献
  1. 認知症疾患治療ガイドライン2010.「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会編集. 医学書院,東京,2010
  2. 認知症テクストブック,日本認知症学会編,中外医学社,東京,2008
  3. 東海林幹夫.アルツハイマー病の薬物療法.Brain and Nerve. 2010, 62: 777-786
  4. Serrano-Pozo A, William CM, Ferrer I, et al. Beneficial effect of human anti-amyloid-beta active immunization on neurite morphology and tau pathology. Brain. 2010 May;133(Pt 5):1312-27.
  5. Vellas B, Black R, Thal LJ, et al. AN1792 (QS-21)-251 Study Team. Long-term follow-up of patients immunized with AN1792: reduced functional decline in antibody responders. Curr Alzheimer Res. 2009 Apr;6(2):144-51.
  6. Himeno E, Ohyagi Y, Ma L, et al. Apomorphine treatment in Alzheimer mice promoting amyloid-β degradation. Ann Neurol. 2011 Feb;69(2):248-56.
  7. Takamura A, Okamoto Y, Kawarabayashi T, et al.. Extracellular and intraneuronal HMW-AbetaOs represent a molecular basis of memory loss in Alzheimer’s disease model mouse. Mol Neurodegener. 2011 Mar 6;6(1):20.
  8. Petersen RC, Aisen PS, Beckett LA, et al.. Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative (ADNI): clinical characterization. Neurology. 2010 Jan 19;74(3):201-9.
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  10. McKhann GM, Knopman DS, Chertkow H, et al. The diagnosis of dementia due to Alzheimer’s disease: Recommendations from the National Institute on Aging and the Alzheimer’s Association workgroup. Alzheimers Dement. 2011 Apr 20. [Epub ahead of print]
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