講師の部屋

研究紹介

認知症患者の数は世界中で増加を続けており、2030年には7600万人に、2050年には1億3500万人にもなると予想され、大きな社会問題になっています。2013年12月11日には初のG8 Dementia SummitがLondonで開催され、2025年までに認知症の治療または病態修飾療法を同定し、その目的を達成するために、認知症に関する研究を進めることが宣言されました。

当研究室では認知症の臨床研究、基礎研究を一貫して行ってきました。早期診断のための診断マーカーの開発、モデルマウスを用いた病態の解析、および疾患修飾薬の開発などを行っており、今年度からは家族性アルツハイマー病の発症前診断および発症前からの治療法を目指すDominantly Inherited Alzheimer Network (DIAN)研究に参加しています。

  1. 認知症診断マーカーの開発
    当研究室では脳脊髄液中のアミロイドß蛋白(Aß)およびタウの測定がアルツハイマー病の早期診断に有用なことを世界に先駆けて示しました。また、血液中のAßがアルツハイマー病の発症予測のマーカーであることも示しています。現在は新たな疾患マーカーの開発を行っています。
    Kanai K, et al., Ann Neurol 1998
    Shoji M, et al., Ann Neurol 2000
    Shoji M, et al., Neurobiol Aging 2001
    Shoji M, et al., Neurobiol Aging 2002
  2. 疾患モデルマウスの確立
    当研究室ではtransgenic mouseを用いた疾患モデルマウスの作製とこれを用いた疾患の病態解析と治療法開発を行ってきました。
    1) アルツハイマー病モデルマウス アミロイドß蛋白前駆体蛋白(APP)を発現します。
    ① NOR-ß, deltaNOR-ß, deltaNL-ß 当科にて作製しました。
    ß-actin promotorの下にAPPのC末部分を発現させました。Aßは脳を始めとして全身に発現し、膵臓にAß アミロイドの蓄積と著明な細胞死、マクロファージの活性化を再現しました。ニューヨーク大学でもこのマウスを用いた解析を行っています。
    Kawarabayashi T, et al., Neurobiol Aging 1996
    Shoji M, et al., Neurobiol Aging 1998
    Igeta Y, et al., J Neuropathol Exp Neurol 1997
    ② Tg2576 hamster prion promotorの下でSweden型の家族性アルツハイマー病の遺伝子変異をもつAPP695を発現します。 Minnesota,大学のAshe KH教授らが作製し、アメリカ留学中から解析を担当しました。学習障害は6月齢から、8月齢から脳アミロイドが沈着し、アルツハイマー病の多くの変化を再現することから、現在最も広く使われているアルツハイマー病モデルマウスです。
    Kawarabayashi T, et al., J Neurosci 2000
    Westerman MA, et al., J Neurosci 2002
    ③ TgCRND8 Toronto大学のSt George-Hyslop P教授らが作製した家族性アルツハイマー病の変異を2つ持つマウスで、2月齢から脳アミロイドが蓄積して学習障害を起こします。後述する経口免疫療法の開発に使用しています。
    2) タウオパチーモデルマウス
    パーキンソニズムを伴う家族性前頭側頭型認知症の遺伝子変異をそれぞれ1つづつ組み込んだタウをhamster prion promotorの下に発現するTgTauP301LおよびTgTauR406Wという2種類のマウスをSt George-Hyslop P教授らと共同開発しました。これらのマウスでは神経原線維変化、神経細胞死、行動障害を再現することができ、APP発現マウスでは再現できない神経細胞死がタウによって起こることが示されました。
    Murakami T, et al., Am J Pathol 2006
    Ikeda M, et al., Am J Pathol 2005
    Wakasaya Y, et al., J Neurosci Res 2011
    3) パーキンソン病、レヴィー小体型認知症モデルマウス
    家族性パーキンソン病の遺伝子変異を2つ組み込んだα-synucleinを発現するTgαSYNを当科にて作製しました。このマウスではパーキンソン病に特徴的に蓄積するLewy body様の封入体と線条体のドパミン減少、行動障害を再現することができました。またchaperon蛋白であるsodium 4-phenylbutyric acidの投与がリン酸化αSYNの蓄積を減少させ,線条体dopamineの減少を予防し、自発運動も改善することから、パーキンソン病治療に有望な薬剤であることが示されました。
    Ikeda M, et al., Brain Res. 2009
    Ono K, et al., Parkinsonism Relat Disord.2009
  3. アルツハイマー病発症におけるlipid raftsの関与の解明
    Lipid raftsとはglycosphingolipidとcholesterolに富み,それらの凝集によって形成されるmembrane microdomainで、細胞膜の脂質の海の上を筏(rafts)のように漂っていることから命名されました。そこにはcaveolin,flotillinなどの鋳型蛋白,プリオンなどのGPI anchor proteinや信号伝達系分子などの多くの蛋白が特異的に集積しており、蛋白,脂質輸送,信号伝達、細胞接着、貪食等の様々な機能が想定されています.
    私たちはモデルマウスや細胞系を用いて、lipid raftsがAßの産生部位であること、神経毒性の高いアミロイドß蛋白オリゴマーが早期から蓄積すること、この蓄積によってfynやグルタミン酸受容体の信号伝達系に変調を来すことを報告してきました。さらに近年Aß、タウやα-synucleinは異常プリオン蛋白のように脳内で神経細胞から分泌されて次の神経細胞に伝播していくことが示されましたが、この伝播への関与も疑われています。私たちはこの機序を明らかにすると共にlipid rafts標的療法の開発を行っております。
    Wahrle S, et al., Neurobiol Dis 2002
    Kawarabayashi T, et al., J Neurosci 2004
  4. アルツハイマー病免疫療法の開発
    アルツハイマー病の疾患修飾薬の中で最も有望視されているのが免疫療法です、当研究室ではアルツハイマー病モデルマウスを用いてAß免疫療法の開発を行っています。
    1. Aßワクチン療法
      Aß42ペプチドの経皮免疫によってTg2576マウスの脳アミロイド蓄積の減少が認められました
    2. Aß抗体療法 BAM-10
      AßのN末抗体BAM-10のTg2576マウスへの2週間投与により脳アミロイド沈着を変化させずに行動障害の改善が示されました。
      Kotilinek LA, et al., J Neurosci 2002
    3. Aß抗体療法 BC05
      Aß42特異抗体BC05の投与によりTg2576マウスで血中Aß42の著明な増加と脳Aß量とAßアミロイド沈着の減少が認められました。
      Asami-Odaka A, et al., Neurodegener Dis 2005
    4. Aß抗体療法 抗Aß oligomer特異抗体
      Aß oligomer特異抗体を作製し、Tg2576マウスへの投与により脳Aß oligomerの減少と学習障害の改善が認められました。現在は大分大学神経内科で松原教授が開発を続けており、臨床治験も近々行われるそうです。
      Takamura A, et al., Mol Neurodegener 2011
    5. Aß経口免疫療法
      AßのN末部位を組み込んだ組み換え大豆蛋白をTgCRND8マウスに経口投与することで学習障害の改善と脳Aß蓄積および脳Aß oligomerの減少を認めました。経口免疫療法はアルツハイマー病予防の安全な治療法として注目されています。現在論文作製中です。