退任ご挨拶

弘前大学脳神経内科の発展

平成17年の暮れに前任地の岡山大学を出発して,吹雪の中で弘前に到着しました.翌18年1月1日に正式に辞令をいただき,平成最後の年となる31年3月31日に退任します.この間,13年間を弘前で過ごしました.沢山の方に出会い,患者さんの診療を行い,学生と教室員を育て,研究者として発信できました.共同研究を海外・国内の多くの方々と進め,国や企業,弘前大学の研究資金の援助の下に,多くのプロジェクトに貢献できました.県の行政にも携わらせていただきました.この様な,貴重な機会を与えていただき,心から感謝申し上げるとともに,大変光栄に思います.
赴任当時の弘前大学病院では,神経内科はまだ独立した科ではなく,外来も間借りの状態で,古い建築の脳血管病態研究施設の教室で,今後どうなるものかと思ったことを覚えています.幸いにも直ぐに診療科と講座が立ち上がり,弘前大学神経内科として開始されました.正統の神経内科の診察や考え方を学生や教室員に徹底することを目標にして,教育と診療を開始しました.卒業生は皆ハンマーを携える様になりました.青森秋田は医師が少なく,神経内科疾患の認知度もあまりありませんでしたが,神経内科疾患が少ないわけではありません.地域の先生や市中病院から次第に紹介を承け,重症例や難しい症例の最後の砦として診療に忙しい日々を教室員とともに過ごしました.約7,500人の外来患者と1,100例の入院患者の診療を行いました.この10年の神経内科領域では神経変性性認知症と遺伝性疾患の診療が大きく発展した時代であり,当科の認知症や脊髄小脳変性症の診療でも,多くの啓蒙活動を行い,県の行政や認知症のひとと家族の会とともに全国の認知症医療の牽引役を務めました.数多くのコホート研究への参加,臨床治験の推進を行い,日本のガイドラインも作成致しました.
 研究では,アルツハイマー病のモデルマウスによる病態解析から,治療薬研究に移行し,松原が抗Aß oligomer抗体,瓦林が経口Aß大豆ワクチンなどの大きな発見を行いました.脳脊髄液や血液バイオマーカーの開発も多くの研究者や企業のご支援を受け,それぞれ臨床応用に至っています.この様な研究は,数々の文部科学省科学研究費,厚生労働科学研究費,BIO-S,経済産業省戦略的技術開発委託費などの多くの研究支援によるもので,心からお礼を申し上げます.ADNI, ADNI-2, DIAN研究など世界で最も先端的な国際共同研究に参加しました.欧米との様々なレギュレーションの壁を乗り越えて,弘前大学が世界的な拠点大学の1つと認められたことに大きな誇りを感じています.
 この様な毎日が忙しい13年でしたが,この中から,松原悦朗准教授が大分大学神経内科教授として栄転し,5名が学位を取得し,5名が専門医となり,弘前大学神経内科に集まった先生が様々な分野で活躍するようになりました.これは,一人私だけの力ではなく,瓦林准教授を始めとした教室員,多くの優秀な秘書さんと実験助手さんたちが支えてくれたお陰です.診療面でも各科の多くの先生,病院事務の方々と家族会にお世話になりましたし,医学部事務には教室や研究費の管理を始めとした多くの業務を支えていただきました.
私たちの業績は弘前大学脳神経内科学講座業績集にまとめていただきました.赴任した当時の不安は,今は貴重な思い出と感謝になりました.弘前大学とこれまで出会うことができた全ての方々にお礼を申し上げます.ありがとうございました.

平成31年2月1日

弘前大学大学院医学研究科 脳神経内科学講座

教授 東海林 幹夫

ようこそ弘前大学大学院脳神経内科学講座へ

弘前大学附属病院神経内科、大学院脳神経内科学講座は平成18年1月1日から始まった新しい科です。外来と病棟診療を着々と整備し、教育と研究の基盤を固めてきました。

関連病院や地域との連携を推進して、東北・北海道地方における神経内科診療の拠点として日本中から注目されています。若々しい熱意と真摯な努力によって、日本ばかりでなく世界で活躍する神経内科医・研究者・教育者を育成して、神経内科疾患に日夜苦しむ方々に貢献できることを望んでいます。

当科では日本の医療の大きな変革のなかで最も必要とされる専門医・キャリアアップ教育を重視し、楽しく和気藹々と良医を育成したいと考えています。この様な弘前大学神経内科の取り組みの一端を本ホームページで覧いただけたら幸いです。 あなたが私どもの教室に参加される日を楽しみにお待ちしております。

トピックス

ニュース